みんな、怒りの下の感情をわかっていない──「愛してほしい、わかってほしい、助けてほしい」

満員電車に揺られていたとき、ふと車内に小さなトゲのような空気を感じた。

降りる人と乗る人が押し合うなかで、誰かが無言で背中にぐっと強い力を入れ、押し返している。あっ、この人は怒っている。この人が何に怒っているかはわからないが、怒りたいんだ。

ただ、周りの人たちがそのピリピリした空気に触れないよう、スッと体をよらしてスマホに目を落としていた。


先日、そんな空気を肌で感じながら、「怒りとはなにか」とぼんやり考えていました。

カウンセリングの現場でも、「あの人の怒りは理不尽すぎるんです」というお話をよく伺います。
こういう仕事をしていても、私自身、誰かの怒りのエネルギーに触れるのはやっぱり苦手なものです。

怒りというのは「もうお前との縁が切れても構わない」という拒絶の刃を含んでいますから、向けられる方は、たまったものではありませんよね。

怒りって、なんだか「ババ抜き」に似ている気がします。
怒りの裏には、最終的に誰かを「犯人」にしなければ収まらないような空気があって、そのエネルギーに触れると、まるで自分がその「ババ」を無理やり引かされているような、なんとも言えない嫌な心地になるのです。

◇怒鳴り声の奥にあったもの

簡単に噛み砕くなら、怒りという感情は──

「愛してほしい」
「わかってほしい」
「助けてほしい」

この三つの言葉のどれかを言えないときに、出てきてしまう。
実際、周りにいる「よく怒る人」を思い出してみても、この三つの言葉を素直に口にするどころか、まるで正反対の態度をとってしまうから不思議なものです。

私も偉そうには言えません。
かつて映画制作の仕事をしていた頃は、現場でしょっちゅう怒っていました。怒るというより、怒鳴っていたのです。

たとえば、夕暮れどきの「マジックアワー」と呼ばれる、太陽が沈みきる前のほんの十数分で、その日のカットを撮り切らなければならないとき。
秒単位で空の色が落ちていくなか、腕時計を何度も見返しては、私の指示を捉えられずミスした部下や、通行人を止めきれない制作部に対して、「なにやってんだ」とみんなの前で声を荒らげていました。

たしかに、現場で怒りを表現するのは、当時の文化ではあったと思います。
でも、「現場の役に立ちたい」と言えば聞こえはいいのですが、その裏で「仕事ができない自分には、ここにいる価値がない」と、いつも怖くてたまらなかったのでしょう。その怖さを抱えないよう、誰かに「ババ」を渡そうとしていたのだと思います。

怒鳴っている最中は、その怖さにも、「俺ひとりではもう手一杯だから助けてほしい」という気持ちにも、まるで気づかずにいられたのです。

不機嫌を撒き散らすパートナーも、周りをコントロールしようとするあの人も、本当は愛されたかったり、自分の価値をわかってもらえないことが、ただ怖かったりするだけなのかもしれません。

◇降りられないババ抜き

相手の怒りの奥に「助けて」が隠れていると頭ではわかっていても、あんなふうにトゲだらけの形で差し出されたら、受け止めてあげようという気持ちには、とてもなれないものです。

ただ、やっかいなのはここからです。

目の前の相手を受け止めてあげられないでいると、私たちの心の奥には、そんな自分に対する罪悪感が生まれます。
すると、その罪悪感の居心地の悪さから逃れるために、今度は自分の側にも怒りが湧いてきてしまうのです。

こうして感情が共鳴し、「どっちが悪いんだ」と犯人探しをするババ抜きに巻き込まれてしまいます。
もしこちらまで一緒になって怒り返してしまうと、どちらもますます、その苦しいババ抜きから降りられなくなってしまいます。

だとしたら、相手の怒りに「怒りで共鳴しないこと」が、自分を守るためにも、そして怒っているその人にとっても、一番助かることなのかもしれません。

◇飲み込んだままの気持ち

みんな、怒っているときは、その怒りの下にある自分の本当の感情を見失っています。
自分の感情よりも、「こうあらねばならぬ」という思いに囚われ、それを邪魔するものを許せなくなってしまっているのでしょう。

だから、もし誰かの怒りに巻き込まれそうになって、あなた自身の胸もザワザワと苛立ってきたら。
相手を無理に受け止めようとする前に、少しだけ立ち止まって、自分自身にこう聞いてみてほしいのです。

「いったい私は今、どんな『愛してほしい』『わかってほしい』『助けてほしい』が言えていないんだろうか」と。

怒っている最中に、「助けてほしい」なんてとても口には出せませんよね。
でも、まずは「ああ、自分は今、こう思っていたんだな」「自分もいっぱいいっぱいだったんだな」と、自分の気持ちに気づいてあげること。

そこからが、あなた自身を大切にする始まりなのだと思います。

笠井 大雅

今日の心理法則

すべての怒りは、あなたに対する助けを求める声である。

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