夕方、ダイニングのテーブルにて。
中学生の娘が、進路相談のプリントを広げていた。
「この学校に行きたい」と話す娘の目は、少し誇らしげで、希望に満ちている。
その瞬間、胸の奥で何かがざわつく。
気づけば、私は口を開いていた。
「でもその学校じゃ将来困るかもしれないよ」
「こっちの方が安全じゃない?」
娘の表情がわずかに曇ったのが見える。
それなのに、止まらない。
ふと、頭の中に母の顔が浮かぶ。
あの頃の母も、私にこうして口を出していた。
「また私…あのときの母と同じことをしている」
後悔と自己嫌悪が、胸の奥からじわりと広がっていく──
お読みいただいた場面は──親から受けた過干渉を、無意識のうちに自分も繰り返してしまい、そのことに気づいて自己嫌悪に陥る瞬間──を描いたものです。
こんにちは、笠井大雅です。
こんな子育てのお悩みを伺っていると、その背景に、ご本人が「親の過干渉」に苦しんできた過去が見え隠れすることが少なくありません。
もちろん、誰もがそうなってしまうわけではありません。
けれど中には、まるでバトンを受け継いだかのように、その過干渉を我が子へと手渡してしまうことがあるのです。
まず、過干渉とは、単なる「育児のやり過ぎ」という話ではありません。
だって、親であれば、子を思うあまり、ついつい手を出し過ぎてしまうことが誰しもありますよね。
どこまでが健全な関わりで、どこからが「過干渉」なのか──
そこに明確な線引きがあるわけではありません。誰もがそのグラデーションの中にいるのです。
私も親として、そのことに答えを出すことができません。
過干渉の本質とは、親が子どもを「自分と一体の存在だ」と錯覚し、心理的な境界線が引けなくなっている状態を指します。
つまり、子どもの人生が、まるで親自身の人生そのものになってしまっている状態です。
たとえば、子どもが「可愛いスカートを穿きたい」「この赤色の服が好き」と選んだのに、「そんな目立つ格好はやめなさい」と、自分の価値観や思い込みで、その選択を取り上げてしまったことがあったかもしれません。
あるいは、子どもが話しているのを遮って、「あの子と遊ぶのはやめなさい」と、自分の不安でその関係を断ち切ってしまったことも。
「あなたのため」──
私たち親は、そんな言葉を何度も使ってきたかもしれません。
その根底には、「この子に失敗してほしくない」「遠回りして傷ついてほしくない」という、あなた自身の人生経験からくる切実な願いがあったはずです。
一つひとつの愛になにも問題はないでしょう。
ですが、その関わりが「多すぎる」状態になると、問題になってしまうのです。
親の「こうあるべき」という思いと、子どもの本当の気持ちとの間に、大きなズレが生じてしまう。
どれほど動機に「愛」があったとしても、その関わりが過剰になればなるほど、親の愛を受け止める子どもは息苦しくなってしまうのです。
そんな我が子が立ちすくんでいるとき、なぜか胸がぎゅっと苦しくなることはないでしょうか。
「この子のために言っている」はずなのに。
それなのに、なぜか湧き上がってくる、言葉にならない胸の痛み。
そして、それでも手を離すことができないもどかしさ。
いま、あなたが我が子の中に見ている、その「苦しさ」こそ──
かつて子どもだったあなた自身が、胸の奥深くに抱えていた痛みそのものではないでしょうか。
◆過干渉で育ったあなたが、家族の幸せの要だった
まだ小さかったあなたが、家族の幸せのために「大切な役割」を引き受けていたことを、あなたはどれほど知っているでしょうか。
「すべての子どもは、親のセラピストとして生まれてくる」
心の世界では、そんなふうに言われることがあります。
そう、幼かったあなたもまた、大好きな親のセラピストだったのです。
小さかったころ、大人の複雑な事情や現実の理由は分かりませんでした。
けれど、親が心に抱えている感情──たとえば悲しさだったり、怒りや不安だったり──は、驚くほど敏感に感じ取っていたのです。
そして、その感情を少しでも軽くしてあげたくて、あなたはお母さんやお父さんに寄り添っていたのです。
行き場のないお母さんの愚痴を、ただじっと聞いてあげる子どもがいるかもしれません。
不機嫌なお父さんのピリピリした空気の奥にある孤独を感じ取って、刺激しないように息を潜める子どもがいるかもしれません。
あなたは、過干渉だった親の、どんな痛みを軽くしてあげたかったのでしょうか?
もちろん、表面的には「いい子にして、親を安心させてあげたい」「親を怒らせたくない」という思いだったのかもしれません。
けれど、なぜそこまでして寄り添ってあげたかったのかといえば、親が抱えている不安や満たされなさを、肌で敏感に察していたからではないでしょうか。
たとえば、「いい学校に入れ」「もっと勉強しろ」と厳しく要求し続けたお父さんがいたとします。
だとすると、そのお父さんの心の奥には、かつて自分が学歴や挫折で味わった、悔しさや劣等感が隠れていたのかもしれませんね。
お父さん自身が学歴で十分に満たされていたのなら、我が子にそこまで執着することはなかったはずですから。
だとするならば、あなたが必死に机に向かい、期待に応えようとしていたのは──
お父さんがずっと抱えてきたその「悔しさ」を、代わりに背負って、晴らしてあげたかったからかもしれません。
あるいは、あなたと友達とのトラブルに、過剰に介入して解決しようとしてくるお母さんがいたとします。
もしかするとそのお母さんは、昔から人間関係がうまくいかず、誰にも言えない寂しさや悔しさ、世の中に対する理不尽さを抱えていたのかもしれません。
あなたが、その介入を拒絶できなかったのは──
お母さんがずっと吐き出せなかった怒りや不満を感じ取り、その「心の叫び」を、あなたが受け止めてあげたかったからではないでしょうか。
そうやって子どもは、親の心の中でやり場を失っていた感情を、自らの心や身体、そして人生そのものを差し出すようにして、必死に引き受けてきたのです。
それこそが、幼いあなたができる、精一杯の「親への愛」だったのかもしれません。
親の心を守り、家族の平和を保つために、あなたはその健気な役割を完璧にやり遂げてきたのではないでしょうか。
◆親に合わせて生きてきた限界
けれど、その代償として、あなたは「自分自身の声」を心の奥深くに封じ込めることになりました──
心の奥から芽生えた「これやってみたい」「私はこっちが好き」という願いが、親の意向によって何度も押し戻されていく。
親の要求と自分のやりたいことが食い違ったとき、幼い子どもが選べる道はひとつしかありませんでした。
「親の心を満たすためなら、自分の気持ちなんて切り捨ててしまえばいい」
そうやって深い無力感の中で、「ありのままの自分」を生きることを諦め、心の奥深く、自分でもわからない場所に、本当の気持ちを封じ込めてしまうのです。
このようにして、親だけでなく子どももまた、心の境界線を失っていきます。
もし、あなたがそんなふうにして育ってきたとしたら──
今も、周りの人の顔色を伺っては、誰かの不機嫌やため息に心がざわついていませんか。
そして、自由に自分らしく振る舞う人を見て、なぜかもやもやしたり、イライラしてしまうことはないでしょうか。
もしそうだとしたら、それは、自分の気持ちや選択を後回しにせざるを得ない環境で、あなたが必死に生き抜いてきた証なのかもしれません。
そうした生き方は、成長とともに少しずつ息苦しさを増していきます。
思春期を迎え、家族だけだった世界が、学校へ、友人関係へ、そして恋愛や将来の夢へと一気に広がっていくこの時期。
「自分の意志で選びたいこと」が生まれるにつれて、「親の望み」と「自分の本音」の間にあるズレを、もはや見ないふりではいられなくなっていくのです。
それはまるで、地中の奥深くでプレートが軋み合い、逃げ場のないエネルギーを溜め込み続けていくような状態です。
外から見れば何事もないように見えても、心の地下深くでは、巨大な歪みと圧力が限界まで張り詰めていきます。
その溜まりに溜まったエネルギーが耐えきれずに跳ね上がれば、親への激しい怒りや「反抗期」として、一気に噴き出してしまうでしょう。
一方で、その歪みを抱え込む器が大きかった人は、目立った反抗期もないまま、さらに何年、何十年もの間、その巨大なエネルギーを心の奥深くに封じ込め続けてしまうこともあるのです。
形は違っても、心の奥底では、すでに生き方の限界を迎えていることに変わりはありません。
「もう、親に合わせて生きることは苦しい」という、魂の悲鳴なのです。
自分らしく自由に生きたいという切実な願いと、親の期待を裏切ってしまうような、胸を刺す罪悪感。
そのふたつの感情の狭間で、心はずっと引き裂かれ続けてきたのかもしれません。
◇次回、後編へ続きます
大人になり、今度はあなたが「親」となった今──
「私と同じような苦しい思いだけは、この子にさせたくない」
もしかしたら、胸の奥に、こんな願いがないでしょうか。
だとしたら、過干渉に関わってしまう自分が愛なき者のように感じて、自分を責めてしまってはいないでしょうか。
かといって、手を離せば、今度は愛することを怠けているような感覚になることはないでしょうか。
でも、どうか自分を責めないでください。
これはあなたが悪いのではなく、すべて「無意識」の深いところで起きていることなのです。
なぜ私たちは、あんなに苦しかったはずの過干渉を、我が子に繰り返してしまうのでしょうか。
後編では、この無意識の連鎖の心理を紐解き、親から渡された「過干渉」というバトンを自分の代で手放すためのお話をしていきます。
笠井 大雅


